母のアルバムの片隅に、若き日の父の面影
母のアルバムを何気なく開いてみました。色褪せた写真の中に、若々しい父の姿を見つけた時、胸が締め付けられるような思いがしました。
そこに写っていたのは、凛々しい軍服に身を包んだ、父でした。普段、私が思い描く温厚な父とは少し違う、どこか緊張したような表情をしています。
いつもは多くを語らなかった父ですが、幼い頃、何度か戦争の話をしてくれたことがありました。満州の凍えるような寒さ、故郷を思う寂しさ、そして、生きることへの切実な思い…。当時の父は、どんな気持ちでこの軍服を着ていたのでしょうか。何を思い、何を信じていたのでしょうか。

敗戦から80年、焼け野原からの再出発
今年は終戦から80年という節目の年です。テレビや新聞では、当時の記録を振り返る特集や、戦争を題材にした映画が数多く紹介されています。それらを目にするたびに、子どもの頃に父から聞いた満州での体験談を思い出します。
父は、戦時中の過酷な生活や、終戦直後の混乱を、決して美化することなく、淡々と語ってくれました。その言葉の端々から、想像を絶する苦労があったことが伝わってきました。
戦争が終わった昭和20年、日本は文字通り焼け野原でした。空襲で多くの街が破壊され、住む場所も、食べるものも、明日への希望さえも失われたように見えました。しかし、当時の大人たちは、この絶望的な状況から立ち上がり、未来を築き上げていきました。
「何もない」から生まれた、人々の力
戦後の復興を支えたのは、特別な英雄ではありません。私たちの祖父母や、父や母、ご近所さんなど、ごく普通の人々でした。
まずは生きるために、食べ物を確保することから始まりました。闇市での取引、畑を耕し、わずかな食料を分け合う。そして、壊れた家を皆で協力して建て直す。何もない中から、知恵を絞り、力を合わせることで、少しずつ日常を取り戻していきました。
復興を支えた、強い意志と勤勉さ
戦後の大人たちが持っていたのは、「二度と戦争は繰り返さない」という強い意志と、未来をより良くしようとする勤勉さでした。
貧しくても子どもたちには十分な教育を受けさせたい。壊れてしまったインフラを一日も早く立て直したい。その一心で、彼らは夜遅くまで働き続けました。高度経済成長へと続く、日本の力強い歩みは、この時代に培われた勤勉さと、未来への希望から生まれたと言えるでしょう。
未来へつなぐ、私たちの使命
私たちは、戦争の記憶を直接持たない世代です。しかし、父や母、祖父母が語ってくれた戦争の過酷さ、そして焼け野原から立ち上がった壮絶な復興の歴史は、決して他人事ではありません。それは、私たちが今、享受している平和と豊かさの礎を築いてくれた、かけがえのない記憶です。
戦争の悲劇を風化させず、その教訓を未来へどうつなぐか。それは、平和な今を生きる私たちに課せられた大切な使命ではないでしょうか。歴史を知り、学び、そして語り継いでいくこと。それが、戦争の時代を生きた人々の思いに応え、未来の子どもたちに、より良い世界を手渡すための第一歩だと思います。
戦後80年という節目に、改めて思います。平和は、決して当たり前のものではありません。先人たちの犠牲と、たゆまぬ努力の上に成り立っている、尊い贈り物です。その重みを胸に刻み、平和への感謝を忘れずに生きていきたい。そして、そのバトンを、確かな手で未来へとつないでいきたいと、強く願っています。




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